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ITにおける知財戦略の必要性

『月刊コンピュートピア2004年11月号』
発行:コンピュータ・エイジ社
情報化の発展による、違法コピーと企業収益の問題について
国際企業がとるべき方針と対策の重要性を提言

今なぜ、企業に知的財産戦略が必要か

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社
代表取締役 中井正和
日本知的財産戦略協議会理事
  情報化の進行によるさまざまの課題

コンピュータやインターネットの普及により、社会の情報化が複雑化するにしたがい、知的財産権の法的枠組みや定義も大きく変わってきた。情報化がこれほどまでに広がると、まったく想定されなかった権利侵害の新しい形や手法が次々と現れる。これらに対して、本来の知的財産の思想と成り立ちを崩さず、時代に対応していく動きは常にダイナミックで、センセーショナルである。その中でも、IT巨大国である米国の動きは先進的で、また政府や司法の対応もすばやい。また日本ではあまり馴染みのない独占禁止法の精神も根付いており、オープンソースコミュニティの存在も、より公平な判断力とバランスを形成している。

しかしながら、米国の巨大IT企業が独占的な特許プール企業となる危険性もはらんできた。強力で組織的なコミュニティとリーダーシップの存在がなく、議会などに有効に働きかけるロビー活動などの手立ても取れない日本の企業や個人が、今後どう立ち向かうか。また、それとは反対に、企業の大事な資産であるソフトウエアなどの知的財産が、海賊版などの形で偽造、模倣、複製されていることに対してどのように対策を取るべきだろうか。

知的財産権とは、特許権(パテント)、商標(トレードマーク)、意匠(デザイン)などの工業所有権と、著作権を含めたものの総称であるが、工業所有権がいずれも登録制であるのに対し、著作権は事前発生する権利であるところが大きく違う。

権利侵害が290億ドルも

IT業界における知的財産侵害といえば、PtoP(ピア・ツー・ピア)によるデジタルファイルの交換を思い浮かべよう。これらは、知的財産のなかでも、著作権の侵害にあたる。その中で特に被害額が大きいのがビジネスソフトの複製である。

ソフトウエア企業の国際団体BSA (ビジネス・ソフトウエア・アライアンス)の2003年度における違法コピー状況調査では、インストールされているソフトウェアの36%が違法コピーで、世界的に290億ドル近い損害をソフトウエア産業が被っているとしている。その他ビジネスソフトウエアに限らず、映画、音楽、ゲームなど、いずれもデジタルデータとして容易に加工され、インターネットを始めさまざまなルート伝播される。これら商品の著作権侵害の被害を含めると、総被害額はさらにとてつもない数字になる。

いままで、ソフトウエアの著作権侵害の危険性は、それが企業の期待する利益を阻害させる要素としては認識されていても、製造関連技術の知的財産侵害ほどのインパクトではなかったのかもしれない。しかし、現実としては、ビジネスソフト、ゲームソフトなどのデータ、インストール制御ID、ソフトウエア企業の大切な資産であるソースコード、または公開前・公開中の映画、出版物など、デジタルデータとして増殖的に複製が可能な製品においては、その侵害は一度堰を切ったなら、企業の大切な資産である知的財産の流出に対してもはや手遅れに近い。
偽造された自動車が重大な事故を起こしたり、偽造した医薬品が人命を窮地に陥れると同様に、海賊版や、適切な処理を経ないで複製されたソフトが、コンピュータやOSに対して致命的な障害を発生させたりすることも起こりえる。ましてやそれらが、オリジナルの企業名およびその商品名でコピーされているのであれば、それは単に収益の損失にとどまらず、ブランドイメージを損ない、ひいては企業の信用力をも揺るがす事態になるおそれがある。

知的財産戦略の課題として大きく2つに分けるとすれば、それは「侵害などのトラブルを未然に防ぐこと」、もう一つは「知的財産の価値を最大化させること」にある。企業は、経営戦略の一環としてこれらの重要性を認識しなければならない。

知的財産戦略とは

ITの世界では、リナックスやフリーBSDに代表されるオープンソースコミュニティや、個人レベルの開発者によって形成されたフリーソフトに代表される公正でオープンなルールが存在する。これらは特許技術を本位とする製造業界には見られない独特のものであり、ソフトウエアなどの業界の知的財産は、これらの思想下に、対ユーザーとの間に微妙な公平性を保っていた。偽造、模倣、複製など、企業の知的財産を蝕む方法は多くあるが、IT業界において知的財産戦略という言葉が、いままで製造業界ほどには声高に言われてこなかった理由はそこにある。

知的財産戦略の第一歩、それは調査から

知的財産戦略という言葉から、侵害訴訟という行為を連想される方々は多いと思われるが、このような最終的な行為は、本来の知的財産戦略を意味するものではない。知的財産戦略とは、企業もしくは個人の利益を最大化するための知的財産の利用について、企業や個人がいかに知財を保護するか、いかに価値を最大化するかの決定プロセスの仕組みをいう。現状の風潮では、知的財産戦略としての企業の視点が、既存あるいは潜在顧客への対策の実施のみに向けられていることにあるが、その中でも訴訟という行為はとるべきさまざまなカードのうちの一つにすぎない。これは知的財産戦略の非常に狭い見方である。


・知財(技術)調査
・市場調査
・価値評価

まず自身の持つ技術、商品の有効性と優位性、技術的課題と開発可能性などを徹底的に調査する。さらに、それらの知的財産が及ぼすマーケットの規模と、適応する範囲および商品についての市場調査をおこなう。また、それらが他の知的財産権を侵害していないか調査する必要がある。他社技術の調査、マーケット動向調査を行い、特許や商標であれば、申請するかどうか、権利化するかどうか、投資額に見合うだけの価値があるかどうかを見極める。

知財ポートフォリオの作成

自身の持つ知的財産を精査し、正確にその価値と潜在力を認識することが必要だ。すでに登録されている特許などの場合は、目的とする契約以前に瑕疵項目がないか、所有権に関する契約の不備、契約以前に他の実施権者が存在する場合はどうか。他の特許、商標、意匠などの知的所有権と関連している場合などもチェック項目に含まれる。競合相手とされる企業に対抗するための関連特許の申請、特許だけでなく、著作権、商標、意匠なども包括した知財ポートフォリオの構築を考えてみる。

ライセンス契約

技術調査、市場調査を行った後は、具体的なライセンス契約の条件について検討する必要がある。ライセンス契約の対価条件については、適応される期限、商品の期限、完成品までの期間および製造、マーケティングにかかるコストなどを考慮に入れ、ライセンス契約における適切な対価を設定することが必要だ。ライセンサーとライセンシーがお互い都合の良いものとして認識できるため、ライセンスの期間、適応範囲(市場の限定、商品の限定、地域の限定)、ライセンスの形態(通常、独占)など、提案するライセンシー候補の売り上げ規模や、該当商品の販売形態などにより、その知的財産の貢献度をふまえた予測価値をこえないロイヤルティの提案をしなければならない。

ライセンスインを考える

企業が自社の知的財産の優位性を考慮に入れて、他社とのジョイント・ベンチャーや戦略的アライアンス、ライセンスイン(ライセンスの購入)など、知財の特性と潜在力にあった方法を模索することも必要だろう。ライセンスはなにも行使するためだけのものではない。つまり、他社の知的財産においても、知財ポートフォリオの対象とする。実際のことろ、自前主義にこだわるよりも、むしろこちらの方が収益モデルを作りやすいのではないか。

今後は、ライセンシーはライセンスイン(ライセンスを買うこと)のメリットを十分理解し、反対にライセンサーは自身が持っている知的財産のライセンス契約がどれだけ魅力的であるか、そのメリットを説明することが必要であろう。

侵害者への対処方法

侵害行為を発見した場合においても、経費がかさむ訴訟を即座に起こすという判断よりも、侵害者に対して友好的なライセンスを付与するという選択を模索したほうがよい。弁護士への費用がばかにならないとか、相手は優秀な弁護団を抱えているから対抗しても無理であると決める前に、自分たちで現実的なライセンス契約を提案することがビジネスの第一歩である。

侵害防止

侵害を予防する技術の導入、予防を調査するためのプロセスが組み込まれているか(参照図2)。しかしながら、企業もしくは個人が、大規模な模倣、偽造、その他の知的財産権の侵害を一度でも被れば、これら防止技術も効力はない。また海外においては日本国内の司法では何も対抗することはできない。そこでは、被害を最小限に抑えるため、事業化や製品販売の開始前の段階での対策が肝心である。

経営レベルでの、知財戦略の意思決定を

1.開発段階からのとりくみ
2.戦略的意識

知的財産の投資回収率を最大にするには、企業自らが、知的財産権戦略の総合的なビジョンを打ち出し、知財収益の拡大に向けて営業、販売、広報部門が一体となった活動を進めていくことが必要となる。そこでは、確実な収益と市場の拡大をめざし、知的財産戦略に関して経営レベルでの考えが必要である。


最後に

比較的大規模なライセンス契約に伴う交渉、もしくは契約内容作成において、権利行使としての侵害訴訟を踏まえた知的財産戦略を立てることも必要だ。その際、優秀で経験豊富な弁護士の存在は不可欠ではある。ただ基本は、著作物、自社製品を持つ企業の担当者一人一人が、それぞれの著作権、特許権などの知的財産に対し、どれだけ責任と自覚を持って望むか、個々の知財戦略意識を磨くことが先決である。その場に及んで弁護士は補助的な存在に過ぎず、あくまで、経営陣も含めた企業戦士たちが提案し、率先して行動をおこさなければならない。

代表取締役中井正和 39歳 東京在住
スイス銀行(現 UBS)、ミッドランド銀行(現HSBC)を経て1996年に独立。信用リスク管理システム等のシステムアドバイザ−を経験後、2000年7月にインテレクチュアルアセットマネジメント株式会社を設立。知財評価、IP(知的財産)による起業サポート、知的戦略コンサルティングを手がける。

運営する知財・学術情報サイト IP WEB TM
http://www.ipweb.jp


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中井正和
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