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独占禁止法からみた知的財産証券化の是非

知的財産証券化の矛盾点について考察
Ac TeB Review
『AcTeB Review』
東大先端研究所機関紙掲載
CEO  中井正和

2003年1月 無形資産を評価し、証券化していく際に考えられるリスクについて説明、
その上で知的財産の証券化の限界を提言

独占禁止法からみた知的財産証券化の是非

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社
代表取締役社長中井正和
日本知的財産権取引業協議会理事

知的財産そのものを証券化、信託化することに対しての困難および限界を提言

I. 知的財産証券化の取り組み方


知的財産を利用した資金調達方法の多様化が求められる中、いわゆる「知的財産権」の証券化・流動化手法による資金調達が注目されつつある。組合資産、信託資産としての新たな可能性を追求し、特許権に守られたアイデアに直接投資の道をつくり、資金力のないベンチャー企業のビジネス展開をサポートする形が出来上がれば、不振をきわめる製造業の復興や、新規ビジネスの胎動を促すことができる。しかし、特許権やライセンス債権を主な運用対象とする投資ファンドの構築は、法律、税制その他諸制度の取扱い、及び解釈に未確定な点があり、実現のためにはさまざまな懸案事項を想定し、解決していかなければならない。 ここでは、知的財産の証券化において想定されるリスクについて検証するとともに、実務上の慣行や、独占禁止法の視点から見た社会性、特許法の視点から見た産業発展の意義をふまえ、将来的な法改正を見据えながら考察することが必要となるだろう。 

II. 知的財産証券化のリスク

知的所有権は、民法・商法等や不正競争防止法・独占禁止法等の幅広い領域において複雑に絡まり、技術的な側面だけで 証券化・流動化手法を論ずる ことは難しい。この章では、知的財産の証券化がなされた場合に想定されるいくつかのリスクを取り出し、検証してみた。

・侵害・特許無効リスク
・損害賠償リスク
・所有権に関するリスク
・契約に関するリスク
・破産リスク

1.侵害・特許無効リスク

知的財産の証券化を実践する上で、侵害訴訟や権利無効などの危険性を、リスク精査の時点で検証する必要がある。たとえ特許が権利として認められていたとしても、関連する法規に相対的に影響される法のもとに成立している以上その権利は絶対的ではない。まだ権利として成立していない申請中の特許においては、対抗要件としての成立要素にも限界がある。証券化の前提として、譲渡人と譲渡資産との関係が完全に分断されていること(真性売却)が必要である。これは特許権の譲渡担保や専用実施権とは概念が違う(図1参照 近代セールス 2002 年 10 月号「知財証券化への挑戦」本人筆に同じ)。具体的には、特許権者もしくはライセンサーが破産した場合に、破産財産として管理されるものなのか、そのままファンドへの譲渡資産としての独立性が保たれるかという部分である。譲渡資産としての特許が無効審査請求を起こされた場合、侵害の有無に関わらず、その争いがある限り特許の効力について判断しなければならない。またそれにともなうロイヤルティの支払いなどについても規制が及ぶことになり、裁判の判定によっては、ファンドが受け取ったロイヤルティ収益の返還なども行われる可能性がある。



2.損害賠償リスク

ファンドが譲渡資産、信託資産として保有、もしくは許諾契約する特許技術が原因となり、第三者の生命、身体又は財産等を侵害した場合に、損害賠償義務が発生するケースが考えられる。その際、ライセンス契約、もしくは投資契約において、投資ファンドが保有する運用特許に基づいて製造された商品等に関して、いくつかの責任の所在を契約中に明確にする必要がある。必要であれば賠償責任保険等の保険契約を締結するなどの対処が必要となる。しかし、保険契約に基づく支払いが保険会社により行われない場合、ライセンス契約に正当性が認められない場合などは、投資ファンドに悪影響を与える可能性がある。

3.所有権に関するリスク

知的所有権には、共同出願、共同研究、職務発明などによる発明者と使用者の関係、先行する通常実施権の所有権など、契約を複雑にさせる多くの要因が内包されている。投資ファンドに組み込む対象となる知的所有権(出願中も含む)は、ライセンス契約とともに事前に徹底したデューデリジェンスが大切である。その際、証券化した場合に想定される「所有権」に関する問題点を以下に説明する。
a.共同出願の場合
b.共同研究および職務発明の場合
c.契約以前の実施権許諾が存在した場合、他の知的所有権と関連する場合

a. 共同出願の場合
特許権(出願中も含む)が第三者との間で共有されている共同出願では、所有権を譲渡する場合に、他の共有者の権利、共有者間で締結される協定書ないし規約による制限に影響される場合がある。共有者が破産した場合は、共有者は自己の持分を原則として処分することができるので、それに付随する特許権や実施権について、共有者の債権者等による差押の対象となる可能性がある(破産法第67条、会社更生法第61条、民事再生法第48条)。 また、たとえ共有者間で何らかの合意(民法第256条)がある場合であっても、その合意の形式によっては第三者に対抗できない場合がある。

b. 共同研究および職務発明の場合
共同研究および職務発明においては、特許権が確立後においても、過去に共同研究者間、発明者と使用人の間で交わされた譲渡契約、もしく「所有権」に関する契約の不備、社内規定の不備、その他、交わされなかったことによる権利要件の立証ができないなどの原因による賠償請求などの可能性がある。通常、会社の内部規則でその帰属や配分、賞与などが決められているのが普通だが、企業の内部規定まで証券化の縛りを入れることは難しく、またその内部規定さえ存在しないケースもある。

c. 契約以前の実施権許諾が存在した場合又は他の知的所有権と関連する場合
特許の売主若しくはライセンサーから、譲渡若しくはライセンス契約締結の時点における一定の表明及び保証を取得したにもかかわらず、契約以前に他の実施権者が存在した場合、又は他の特許、商標、意匠などの知的所有権と関連している場合で、表明及び保証の内容が真実かつ正確でなかった場合、共有者の先売権又は優先交渉権、譲渡・売却権の制限がかかる可能性がある。また、それらが複雑に絡み合っている場合、その関連性や依存度について明確にできず、ライセンス契約にともなうロイヤルティの確保や、譲渡・売却がスムースにできない可能性がある。
4.契約に関するリスク

ライセンス契約、技術移転契約においては、故意による権利関係の詐欺的行為などによる瑕疵、技術的な不備や過大表示、代替技術の隠匿、技術的、構造的な欠陥などが、故意かどうかにかかわらず、事後になって判明する場合がある。ライセンス契約は、基本的に信頼関係において成立することを前提としており、複雑な利益配分や、権利関係においてPerfectionを完成させることには限界がある。

5.破産リスク

米国ではライセンス契約において、破産管財人の解除権を制限できるなどの特例があるが、日本では契約者が倒産、破産した場合、ライセンス契約に基づいた債権についてその権利を保障する制度は存在しない。知的財産権においては、“真正売却”を前提とする証券化対象資産としてのレベルには達していない。

III. 独禁法のベクトル、証券化のベクトル

1. 証券化における特許法の問題点

知的所有権の法律は、関連法案や判例などの相互関係において変化、成長しており、審決おいても業界の慣例や価値基準に基づいて総合的に判断される場合が多い。 たとえば、特許法や ライセンス契約等においては、いまだに「前提としての 信頼関係」というものが背景にある。 これらは、 土地における登記簿や 民法の 所有権 の場合と異なり、将来の権利関係に不明瞭な部分を残すことになる。例えば、 特許法 33章3項では、「特許を受ける管理が共有に係わるときは、各共有者は、他の教諭者の“同意”を得なければ、その持分を譲渡することができない」というきわめて緩やかな表現が使われている。また持分譲渡においても、特許法73条1項で “同意” という表現が使われている。 共有者が質権を設定する場合も同様である。また、 ライセンス契約における改良特許の扱いなどにおいて、最終的な結論をあえて明示しない場合が多い(たとえば、「甲乙協議の上その発明の帰属を決定する」とか、「 改良発明の帰属においては、あくまでその処遇を協議の上、決定する」 など)。契約の柔軟性を持たせるこのような表現は、 独占禁止法に配慮するためでもあるが、 証券化・流動化の対象とするには、 特許の所有権の帰属があいまいで、将来において予測不可能な要素を与えてしまう。

2.独禁法からみた証券化の問題点

日本では、独占禁止法のベースとなる考え方が成熟しておらず、まだ一般的ではない。 このため証券化においても、独占禁止法を無視して 特許権を拡大解釈することによる弊害が考えられる。たとえば、 ファンドの構成上、出資者という優勢な立場を利用して、さまざまなリスク回避手段や改良技術の一方的な帰属をライセンシーに強制し、収益を確保するために、行き過ぎた投資家保護を打ち出すことや、 パテントプールのような形態をつくり、実施許諾を受ける際にファンドの組合員としての参加を強制的に行わせるようなことが、どこまで許容されるのだろうか。技術の基本特許を有している投資ファンドの運営会社が、他の関連特許を集積する行為、競争相手からのその基本特許の実施許諾を受けたいとの申し出を拒絶するような行為、およびファンドへの利益還流を前提とした特許侵害訴訟等を提起する行為が、独占禁止法上どこまで許容され、如何なる状況で禁止されるべきか検討する必要がある。
投資家の保護と利益還元を大儀とする金融商品のベクトルと、“技術の向上と産業の発展保護”の上に成り立つ特許法の理念および“適切なルールによる独占形成の阻止”の上に成り立つ独占禁止法は、逆のベクトルを持っており、知的財産権の証券化という新たな試みにおいて、両面からの正当な理論付けが必要となる。

IV. 知的財産証券化成功の糸口

パテントリモートネス(パテントセパレトネス)  

月刊誌「近代セールス」 2002 年 10 月号の執筆において、特許権の譲渡を要しない特許・ライセンスファンドの組成について説明している。その中で、「 特許権に内包されたリスクを前提として想定し、知的財産特有のリスクを投資家からリモートさせる」という意味で “パテントリモートネス” (パテントセパレとネス)という概念を紹介した。 その中では、「特許権をオリジネーターから切り離すことは 、ファンドにとって法的な優位性が営業面においてもプラスになる場合や、保有者に資金的余力、営業力が明らかにない場合に限定し、できるだけ ライセンサー、ライセンシー、契約者とのパートナーシップの中に、意図的に“競争のメカニズム”を導入することを心がけるべきである」と説明した。
リーガルリスクから完全に隔離できない知的財産権では、それに合わせてファンドの仕組みも柔軟な形にする必要がある。さらに競争原理を取り込むことで、 独占禁止法や特許法の趣旨にも合致し、特許ファンドの正当な理論付けができる。 このように、 戦略的見地から知的財産の活性化を図るためのスキームを 多元的に組成することが、知的財産の証券化において必要なことではないか。

(問い合わせ)

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社
中井正和

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