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知的財産権と金融ビジネス

近代セールス表紙
『近代セールス2002年10月号』
発行:近代セールス社
CEO  中井正和
知的財産証券化におけるリスク乖離方法および
「パテントリモートネス」についての説明

知的財産権と金融ビジネス

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社 代表取締役 中井正和
日本知的財産権取引業協議会理事




近年、知的財産を証券化しようという動きが多く見られる。 証券化の意義はいくつかあるが、知的財産として裏づけされた技術に特化したプロジェクトにおいて、幅広く直接投資の道を開くためには、従来の証券化のもつメリットを生かしつつ、いくつかの善意的な参加者を想定したストラクチャー(仕組み)の上で、どのように知的財産のリスクを分担していくか考えることが望ましい。当事者たちが金融商品としてのリスクの判断を肯定的に、建設的に反映し、その上でさまざまなリスクを分散させるようなスキームを工夫すべきであろう。

知的財産権は、もともと知的所有権と呼ばれており、その概念は広く、著作権及び特許権などが、その中含まれる。また、一般に形のある物、つまり動産や不動産といった「有体物」ではなく、知的財産は、形のない物、「非有体物」が対象となる。これらは民法・商法等や不正競争防止法・独占禁止法等の幅広い法の領域にまたがり、これらを証券化してファンドの投資資産とする場合、技術上の問題だけでなく、実務上の慣行等、頻繁に起こる法改正などに常に目を配る必要がある。

これらの知的財産は有形資産と同様、運用することによりはじめて収益が期待できる。通常このような無形資産の運用は取引、つまり契約を通じてなされており、知的資産の証券化を仮定する場合、その契約から生まれる収益について証券化を行う形が考えられる。契約はライセンス契約と呼ばれ、ライセンス契約にはライセンサーとライセンシーが存在する。特許を投資資産とする場合、このライセンス契約に基づいて運用会社が特許の選定・取得のスキームを作っていくことが必要となる。

知財証券化の金融的活用

知的財産の所有者は、知的財産を活用して資金を調達する手法に対して高い関心を持っており、投資家にとっても、将来に対する期待感を喚起させる知的財産は非常に魅力的な商品となりうる。資金力のないベンチャー企業にとって、知的財産権に守られたアイデアと、それを実現させる技術力だけが唯一の担保資産であり、不動産に代わる担保として、知的財産はベンチャー企業の資金調達の切り札となりうるであろう。

海外の動産担保法では、“将来の不特定な売掛債権”を担保登録することを認めているケースが多い。不動産のみならず動産や債権にも担保登録の道を開き、金融機関が金融をつけやすくしているのである。将来の不特定な売掛債権とは、いわば企業の将来のキャッシュフローであり、もちろんライセンスなどの知的財産からくる収入も当てはまる。米国の UCC Article9 による動産担保制度や、英国のフローティングチャージ (Floating Charge) などは、これらの動産担保による投資、および融資活動を活発にするための様々な取り決めを採用している。これらの取り決めでは、特許権、著作権などの知的財産権は、予測収益を将来の売掛債権として構成すれば質権登記により第三者に対抗できる。また米国ではライセンス契約において破産管財人の権限を制限できるような仕組みもある

ライセンス契約における資金回収の収束力
日本では、特許権や商標権などの知的財産の質権設定は、特許原簿への登録が効力発生要件となる。また、質物から生ずる金銭債権を売掛債権として質権登記する方法もあり、譲渡可能な債権なら債権質ができる。ただし、知的財産においては、これらの“対抗要件”も、“時価評価”とともに絶対的なものではない。特許権利を押さえても、“技術”の抜け道は必ず作られる。そういった意味で、知的財産をはじめとする物的担保は処分不能や、処分価値が乏しい場合が多く、これらの質権は、むしろ事業継続のための契約上、対抗要件を備えるといった意味合いが強い。その他、知的財産権の証券化がなかなか進まない理由として、金融業界の、不明瞭なものに対する拒絶反応のようなものも無視できない。流動化させるものがバランス上に現れない以上、担保主義を踏襲する金融機関では打つ手なしである。プロジェクトファイナンスのように仕上げても、わざわざ知的財産などを入れないほうが、投資家への説明義務や、ややこしい法的裏付けの必要がなく、コストや時間の無駄使いしなくてすむ。知的財産の場合、通常の証券化の概念とは少し違ったアプローチが必要ではないか。

パテントリモートネス

知財証券化を実践する上で、問題となるのか、侵害訴訟や賠償責任などのリスクである。これらはときとして莫大なペナルティーを課すことになる。また、共同出願、共同研究、職務発明などによる発明者と使用者の関係、先行する通常実施権などの所有権の扱いなど、契約を複雑にさせる多くの要因が内包されている。共同研究や職務発明においては、最近では発明者の権利について感情的に賠償請求を起こすケースも増えている。このような事態が発生した場合、ファンドのライセンス収入の管理について、投資契約に基づいたプロセスを反映させることができない可能性もでてくる。

新技術プロジェクトにおいて、特許および特許権の持つ意味をあまり誇大にしてはいけない。特許に依存した事業は、その分危険負担のリスクが大きいということを意味する。つまり、金融工学的に考えれば、常にリーガルリスクがともなう特許への依存が少なければ少ないほど、新技術プロジェクトが成功する信頼性が高く、特許依存度が高いほど、さまざまな攻撃の対象になりやすい。プロジェクトファイナンスとしての生産性と、リスクを考えた場合、あえて知的財産を取り上げないということも在りうる。

複雑に絡んだ技術特許において、これらのリスクを、前提としてある程度想定し、知的財産特有のリスクを投資家からリモートさせるよう、ストラクチャーを工夫することが必要となる。そこで、知的財産を投資対象としながらも、あえて内包するリスクを閉じ込めるという意味で、逆説的ではあるが パテントリモートネス(特許リスクの隔離) という概念を考えてみた。

どのように証券化していくのか

金融と産業の両面を併せ持つ特許証券化においては、守るべきモラルは複雑多岐に渡る。単に収益や投資資産の確実性だけでなく、公正取引を阻害するもの、ファンドのスキーム上での利益相反など、考えられるあらゆるリスクを想定し、潰していくことで、社会的に非常に有益なファンドとして成り立つ可能性を秘めている。つまり、“パテントリモートネス”を実現していくことが必要となる。仮に、ファンド側が、出資者という優勢な立場を利用して、さまざまなリスク回避手段や改良技術の一方的なグラントバックをライセンシーに強制したり、投資の収益を確保するために行き過ぎた投資家保護を打ち出すと、独占禁止法や不正競争防止法に抵触する可能性もでてくる。

ここで、知的財産の評価における定性的要因を整理してみよう。大体、おおまかに5つの母集団に当てはめることができる。5つの母集団の中には、いくつもの不確定要因が含まれており、これらの要因からリスク、スピード、タイミングにかかわる要素を取り出し、これらを最終的な予想収益の算出に取り入れることが必要と考える。(図1)

パテントリモーネス

“パテントリモートネス”  を実現するためのリスク隔離は、ほとんどライセンス契約と投資契約書の中で行われる。これらはいくつかの様式と条件を踏まえれば、あくまで当事者の自由裁量に委ねられる。たとえば、第 3者による特許侵害などの事実があった場合、ファンドが専用実施権を保持していないに関わらず、ライセンス契約の中でライセンサーに法的対処を義務付けることもできる。それらは、ファンドを構成する当事者たちの立場や特許そのものの性質および契約の対象によりさまざまである。もちろん、当初の契約の中でいくつかの禁止条項を入れることもできるし、他社とのライセンス契約の内容に条件をつけることもできる。ただし、その内容が独占禁止法の強制法規に触れないかどうかチェックする必要があるし、出資条件が異なる場合においても、あくまでファンドの投資規定に即したものでなければならない。

以上のように、契約にもとづいたファンドの設計で  “パテントリモートネス”  を実現すれば、特許ビジネスから上がる収益の分配について、金融商品として投資家を最低限保護するための形を作り出すことができる。また、クレジットデリバティブや保険などを利用して更なるリスク分散を行い、ストラクチャーのなかでリスクを洗い出し、分散していくと面白いものができるかもしれない。

譲渡すべきか、しないべきか

資産証券化の本来の機能として、オリジネーターと対象資産の関連を完全に断つこと〔真正売却〕が必要である。土地のように、最終的な売却で莫大な資金の移動をアンダーライティングしている場合、対抗要件としての所有権の移転は重要なことである。しかし特許を対象とした場合、特許権のみを譲渡するメリットがあるのかを考えておく必要があろう。例えば、特許を資産として移転されたファンドは、ライセンサーが有するテクノロジーの所有権や専用実施権を得ることで、投資運営上の優位性を確保できる。しかし、ライセンサーやライセンシーが開発した技術や改良特許までもが、自動的にファンド会社に帰属するというのであれば、彼らの開発意欲は著しく減退するであろう。たとえ開発が行われたとしてもライセンサーへの開示を渋る結果となる。特許は技術であり、また通常発明者や開発者が深く関わっている。そこではパートナーシップとしてのバランス関係は非常に大切なことだ。ファンドの予想される財務リスクを低減させるためにあえて特許権を発明者から隔離させ、対抗要件を確立したとしても、それによってライセンサーのモチベーションが低下すれば、ライセンス契約の流動化を弱めることになってしまう。技術が伴う知的財産では、発明者本人や研究開発者が大いに関与して、ライセンシングに柔軟な対応を取り特許技術の流動化を図るほうが、より財務リスクを分散させ、ファンドへのリターンに好影響を与える確立が高い。

知的財産権の証券化への挑戦

-競争のメカニズムの導入-

現在、インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社では、特許開発会社のメキキ・クリエイツ株式会社と共同で、特許権の譲渡を要しないライセンスファンドを組成している。特許提供者にとっては、特許権の譲渡をしなくても、特許費用や開発事業への投資が期待でき、投資家にとっては、ライセンス収益の一部の還元ができるスキームがファンドに組み込まれている。運用資産の売却を前提とする場合などは、完全に所有権を移転しておいたほうが安全であるが、これもライセンス契約において売却時の優先権や持分の縛りを入れることは可能である。いざ売却となると、特許のみの価格よりもオリジネーターのもつ付帯的なノウハウや営業権を一緒にしたほうが価格的には大きな額になる。 このように、知的財産ファンドの組成には、ライセンサー、ライセンシーとのパートナーシップの中に、意図的に「競争のメカニズム」を導入し、リスクを分散するとともに戦略的見地から知財の活性化を図るような形が必要だ。これらは同時に独占禁止法や特許法の趣旨にも合致する。知財証券化では、ファンドを通じで技術の相互交流を促し、このように人間的な部分を包括したものにならなければならない。

*レポートの内容については、研究会の報告内容に一部加筆したものです。

(問い合わせ)

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社
中井正和

http://www.intellectual.co.jp