Intellectual Asset Managementoverviewhistorysolutionservicewritingrecruit

「知的財産権の証券化の現状と可能性について」

特技懇
『特技懇 No.217 』
発行:特許庁技術懇話会
CEO  中井正和
2001 年5月 無形資産評価の金融工学的アプローチについて簡単に説明

特集
知的財産権の経済価値
知的財産権の証券化の現状と可能性について

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社
代表取締役 中井正和


I. 知的財産の証券化ビジネスの現状


1. 知的財産証券化の現状

証券化とは、企業などが保有する資産を本体から切り離し、その資産から生じるキャッシュフローを裏付けとした有価証券を投資家に売却して資金化することをいう。スキームはさまざまであるが、証券の発行のみ目的にした特別目的会社(S P O)などに企業が資産を譲渡し、その事業体が証券を発行する手法が一般的だ。企業の直接金融の一形態として、企業自身が社債を発行するよりも高い格付けを取得できる場合が多く、有利な資金調達ができるほか、保有資金を圧縮して財務体質を改善できる利点もある。昨年1 1月3 0日より施行された「改正投信法、資産の流動化に関する法律」により、知的財産権も同法に基づく証券化が可能な資産として取り上げられることになった。しかし、知的財産の証券化について、金融機関では二の足を踏んでいる。金融業界が感じている慎重論はいったいどのようなものであろうか。
既存の中小・零細企業に対し、その事業者が保有する知的財産権に注目し、ファイナンスの機会を提供することは非常に意義深いことだ。知的資産ファンドが、融資に代わる新しい資金調達の手段として、地場産業の隠れた特許技術を対象としたものであれば、地域経済振興に資するための行政支援プロジェクトの様相を呈する。投資家にとっても、アイデアの将来性に投資できるので、より人間的で、投資の本質に近い。知的資産という漠然としたテーマをとらえ、政府・産業・法律・企業財務・サイエンス・テクノロジーの融合という総合的な取り組みの上に、その可能性を追求することは非常に斬新な作業であり、これまでの資産証券化のような、財務上のからくりに没した手法とは明らかに異なる。
証券化においては、将来のキャッシュフローの予測というものが、非常に重要な要素である。しかし特許をはじめとした知的財産において、その権利の脆弱性とともに、新技術に対する将来のマーケットを予測することは困難だ。過去の収益率が、必ずしも将来の収益率を反映するものでなく、価格決定の要因となるべき期待収益の算定が難しい。投資商品として流動性・市場性を持たせるには、十分に信憑性のある価値算定の根拠が必要で在るにもかかわらず、現状では信頼できるデータを集めることが難しく、金融商品としては扱いにくい。

2. 知的財産証券化の可能性

金融機関にはびこる担保至上主義において、知的財産のようなバランスシートに現れない「資産」を元手に融資を行うには大きな決断がいるが、もともと証券化の場合は会計上の認識にそれほどこだわる必要はない。事業成果を予想し、取引実績などを裏付けとしたファイナンス化は、ベンチャーファンドやプロジェクトファイナンスとして既に多く見られる。特許を利用した事業から生じるキャッシュフローを想定して、その利益参加権を主たる対象として証券化することは非常に理にかなっている。事業そのものが新しい特許技術に即したものであれば、ある意味、知的財産ファンドと呼んでもさしつかえないだろう。ただし、ここで問題となるのは、対象となる事業者がデフォルトした際の知的財産の買取条件や、売却方法という部分だ。つまり、特許をはじめとする知的財産を、証券化の裏付け資産としてどのように取り入れるかという観点である。特許は本来発明者や、特許技術を体現できる限られた事業体が関与して最大の効果が得られる。万が一、事業者がデフォルトして特許の実施権が他に移っても、特許技術の使い道は限定され、陳腐化している危険性がある。また株式のような売買市場があるわけでもない。単に信託資産に特許が入っていますよという形では、尻すぼみの無責任な商品になってしまう危険性があろう。それを考えると、知的財産の証券化においては、特許権を内包したプロジェクトという視点でとらえることが現実的ではないかと思われる。

ただし、そこでは組成の段階に必要なデューデリジェンスから、プロジェクトの局面に起こる敵対特許との戦略的ライセンス交渉などのサポートなど、証券化の仕組み上の主体である事業者が、プロジェクトの進行に応じた知的資産の有効利用について、どのような解決方法をもっているかということが重要となる。たとえば改良特許が発生した場合、これらの特許も裏付け資産として織り込むことが必要であろう。そこでは、事業の特性と知的財産を熟知した第3者のアドバイザーが必要だ。また仕組み上、特許とその関連プロジェクトの流動化に関する情報エンジンの提供を行う機関や、最終段階における売却スキームの提供などのプラットフォームなどが、市場形成のプロセスの中に入り込むことができると理想的だ。

II. 知的財産権証券化の課題とアプローチ

3. 定性的要因を評価する

知的財産の評価は、特許の品質および収益における技術貢献度などを解明する定性的分析と、将来の市場の拡大を予想する市場予測(時系列分析)に分けられる。数理統計的な手続きは非常に重要であるが、特許においては、前者の客観分析は困難がともなう。ただし、後者の分析は、現状の金融手法を使えば可能だ。

客観分析において、不動産のように周辺の取引事例による比較、判断が取り入れられればよいが、業界で行われているライセンス料の比較事例などは、金融商品としては信憑性がなく、あまり参考にならない。だからといって流動性が高く、裁定が常に働くことを前提とした金融市場のモデルを、知的財産の価格算定に安易に運用することは避けるべきである。不確定要素の強い定性的要因まで、現状の金融工学的なアプローチで解釈すると現実との乖離が生まれるのは当然である(ある意味、この乖離こそが人間的な部分といえるが)。これらを解決するには、人間の経験的な事象を盛り込むシステムを作ることが必要となる。実際のライセンス契約におけるライセンス料は、数理統計的な裏付けよりも、ライセンサー(売り手)、ライセンシー(買い手)における力関係、思惑、期待などの定性的なもので決められることが多い。これらは、非常に重要であるにもかかわらず、従来のディスカウントキャッシュフロー( DCF)法ではさほど参考にされない。無形資産の価格評価という、カオス的世界にメスを入れるためには、既存の理論モデルを修正し、血の通ったシステムに再モデル化し、現実にフィットさせる不断の努力が必要である。知的財産証券化のプロセスを吟味することは、価格決定プロセスにおける人間性の効用を試す絶好のチャンスであり、最新の金融理論モデルをいかにモディファイしていくかが重要である。

ここで、知的財産の評価における定性的要因を整理してみよう。大体、おおまかに5つの母集団に当てはめることができる。5つの母集団の中には、いくつもの不確定要因が含まれており、これらの要因からリスク、スピード、タイミングにかかわる要素を取り出し、これらを最終的な予想収益の算出に取り入れることが必要と考える。(図1)



4. インタラクティブに決める

知的財産のライセンス契約においては、「経験」や「勘」、もしくは駆け引きと言ったものを尊ぶ風潮がある。交渉の複雑さや閉鎖性によるものが大きいが、これは往々にして“強者の理論”に近いものを感じる。ただし、1件、2件の契約ならともかく、スピードが要求されるような交渉、複数にまたがる特許、またそれらを証券化して、正確な将来のキャッシュフローを把握して利回りを割り出すには、勘だけではどうにもならない。そこでは数理統計的な評価手法やリスク分析が必要不可欠である。ただ、数値化できない要素やリスクまで、杓子定規に数値化することは避けなければならない。ライセンス契約においては、局面はさまざまで、統一された傾向などというものは存在しない。交渉ごとに価格決定要因は異なり、技術などの評価においても絶対的な単一評価というものはなくて、目的とか、対象とか、当事者とか、局面においていくつかの評価が選択されなければならない。ライセンス契約に参加する双方においても、同じ要因が別の重みをもっており、すべての立場において、お互いの納得いく要素を提案し、それについての結果を提示し、落しどころを決めていかなければならない。また、それによる予想結果を与えられたときに、その予測の前提とな予想結果を与えられたときに、その予測の前提となるさまざまな諸条件を再確認し、双方の立場による定性的要因の相関関係および違い、対象となる特許の性格および、ポートフォリオを形成しているのかどうかなどの特徴について吟味する必要がある その前提自体が外れると、当然の結果として予測結果も変わってくる。

通常、発明家は、自身のアイデアに相当の期待をかけており、正当化するのが困難なほどリスクの高いプロジェクトを提案することがある。莫大な研究開発や、調査、それに必要な資金を要求するので、こういったリスクをどのように捕らえればいいのだろうか。しかし、こういった問題は、利回りという指標により、 投資家にリスクを仰ぐことで解決される。もちろん、その際には技術の可能性、それに必要な費用、市場の潜在性などについての詳細な情報開示が必要となる。特許やプロジェクトの性格によっては、開示できない内容もあるかもしれないが、戦略とモラルの範囲内で開示は行わなければならない。

a. 市場価値低減曲線(DCM)

特許権においては 2 0年という絶対的な期間があり、市場における潜在価値というものは時間が立つにつれて減少する。ただし、配当機会のような一律の減少とは違い、特許の場合、出願した時点をピークに、その潜在価値は指数的に低減していく。このグラフは、非常に重要な要素であるにもかかわらず、投資や融資の評価において、いままで要素として深く考えられていなかったスピードという概念を指標にしたものである。

今日の科学技術の競争の激化、陳腐化のスピードアップは、企業のライセンス戦略に変化をもたらした。事業におけるライセンス契約の有効性の向上、社内財務における無形資産の比率の増大による ALMとしての知的財産コントロール、社内組織の硬直化、停滞に起因する技術およびシステムのロス、コストアップの削減など、知財リスクマネージメントは企業経営に大きなウエイトを占めるに至った。これは非常に新しい動きである。それまでは、特許技術は社内で機密事項として扱われ、1 0年ほど寝かせてからマーケットが成熟するのを待ち、シェアを獲得するという方法も可能であった。そこでは、あえて今すぐ投資をしないというオプションも知的財産戦略としては有効であろう。しかし、今日のように新しい発想や技術が、まったく違う分野や業界、新興ベンチャー企業から出現してくると、のんびりと将来のマーケットシェアの計算をすることは不可能となっている。

事業価値低減曲線 遺伝子治療分野の特許を例にとると、出願数の伸び率のピークは新発見が産業化し始めてから2年くらいに来るが、事業のスピードが早く、最初の特許が公開されるころにはすでに勢力分野が決まっている。米国の統計では、通常の医薬品の場合、開発が一日遅れるごとに3 2 0 0万円の浪費になるということだ。企業は、維持コストや留保リスクのある無形資産をどのように扱うのかを、社内財務に照らし合わせて考えなければならない。そこでは、マーケットシェアという概念はあまり有用な指標ではなくなり、特許の利用についての意思決定、交渉、取引決定等をいかに迅速にするかが企業の財務全般に大きく影響を及ぼす。つまり、他社との競争に勝つためには、新しい技術が出たら即ライセンス、もしくは迅速な製品化への努力という「スピード」が非常に重要となっている。
事業価値低減曲線のλ(減少係数)の傾きは、事業や特許の性質により変化し、業態別、製品群別の、技術循環のスピードを表す(図 2)。

基礎技術のようなものは、後出する技術によって価値の定義も変わってくる。このグラフでは潜在価値( V)の値は問題ではなく、切片をどこに置くかもフレキシブルである。また、ライセンス後、もしくは事業化後の市場価値の変化を表すものではない。価格設定の場合、ライセンサー、ライセンシーはこのグラフの時間軸上の2つのポイントをどこに持っていくかでせめぎあいが起こる。1つ目のポイント(t0)は現段階のフェイズを表し、もうひとつのポイント(t1)は開発が進み、キャッシュフローが立つフェイズである。後者の時間軸の右側、曲線下の部分の積分値が、特許技術を利用した事業において対象となる潜在的マーケット価値である。2つの地点の幅(t1-t0)の期間の幅には、企業の技術力の優位性、収益をあげるまでのスピード、事業化への取り込み意欲(コミットメント)などの定性的な情報が内包される。減少係数(λ)は、事業の絶対的(静的)なリスクを示し、投資を延期することにより市場価値が上昇する要因、例えば事業に投資しないことによる利息(機会コスト)、設備投資コストとの相関、株価、為替の変動、ブームの到来、合成技術の出現などの動的要素は、次の収益構造モデルでそのタイミング(ストライクポイント)の決定およびリスクの算出が行われる。

b. 収益構造モデル(DRM)

将来の収益予測に対して、後続技術の判断は非常に困難であり、一定の割引率で計算するのは違和感がある。特許の内容、権利範囲によっても、将来の絵は変わってくる。また新しい技術においては、過去の収益率は意味がなく、またリスク要因も同じではない。これを踏まえて長期予測を行う場合には、まず、特許技術による収益がどのような要因によって決定されるのか、またどのような要因の時系列的な変化と因果性があるのかを理論モデルに基づき検証していくことが求められる。先ほども説明したように、知的財産による予想収益およびコストのカーブは、契約の内容に非常に深くかかわる。通常、ライセンシーはロイヤルティの落とし所を決める際、特許の有効期限の間に、必要とする労賃、資材、設備などのコストを考え、かつマーケティング費用も考える。また、経済的優位性がどれだけ続くのかなどのリスクファクターも取り込む。地理的制限、改良特許の扱い、製造、利用、販売だけでなく、関連会社へのサブライセンスついても考え、競合製品を開発する権利をどうするか、権利が期限切れになった場合、誰にいくらで渡るのかなど、予想できる収入源とコストを算出し、契約の中で決められている事項をあらゆる角度から検討する。

収益構造モデル このグラフ(図3)において市場価格の設定をおこなう際は、収益の時系列の流れを求める基礎的資料として、契約内容に従った期間を最長期間とした予測を行う。その際、今現在、そのプロジェクトがどこに存在しているのかということを把握する必要がある。研究段階なのか、開発段階なのか、製品化されているのか、既に実取引があり、収益をあげているのかどうかを判定し、他のリスク要因および、コストとの関連性を見ながら、予想できる収益を算出する。

医薬品の特許を例にとると、特許クレームの観点から、今どのプロセスにあるのか、何ができるのか、何があるのかをこの曲線で表現できる。
(図4)たとえば、創薬の段階がターゲット化合物の同定のみか、それともリード化合物まで特定されているか、創薬プロセスまで権利が及んでいるのか、また診断、治療、両方に活用されるライセンスなのか、特定の適応症しか確定できないものなのか。人への応用だけなのか、獣医学にも応用するのか。処方薬にするのか、非処方薬にするのか。これらはすべて契約の中に織り込む必要があり、収益の予測にも影響を及ぼす。たとえば医師の処方薬として利用した後、一般の大衆用として販売する場合のタイムラグは図のような曲線を表すかもしれない(あくまで仮定である)。また、いくつかの開発フェイズの段階で、将来的に優位性が確保できないとなれば、開発をこれ以上進めるべきなのか、開発コストを回収できない場合は、他社へ導出するか、また販売フェーズではどのようなライセンス形態を取るのかなどの要因も出てくる。このように、契約一つを取ってみても、各事案ごとに多次元のマトリクスが出来上がり、それぞれの収益要因の係数や変動率も時間の経過とともに、さまざまな特徴を見せる。したがって突発的な要件が発生した場合、その場で変数を修正することで、より精密な現在価値が求められる。薬品の場合は、医療保険の制度改革や、突発的副作用の出現などは絶対的リスクとして勘案しなければならない。

期待と思惑が左右する特許の場合、変数の決定におけるさまざまな局面で、ライセンシーは、ライセンサーに対し経済便益性があまりないということを伝えようとし、ライセンサーは技術の優位性を強調する。当然、お互いの思惑は相反し、したがって予想収益にも開きが出てくる。また、特許の内容が、将来的に市場を独占するような可能性があると信じれば、当面の間損失を出したとしても、事業の継続に魅力を感じるであろう。プロジェクトが既に陳腐化しているとしても、この時点でその分野のマーケットシェアを取ることが、次のプロジェクトに影響を及ぼすという目論見がある場合、あえて事業を進めていくというオプションもある。これらの思惑も座標上でインタラクティブに収斂される。

c. バリュエーションマトリクス

人間関係や力関係、期待や思惑など、交渉の最終局面において、「結局いくら欲しいの」という俗人的な要素を反映したものが、投資バリューマトリクスである。このグラフでは、技術要素やその他の定性的決定要因をビジュアル化することで、参加者がインタラクティブに決められるインタフェースを提供している。(図5)
投資バリューマトリクス 事業全体そのものの評価から、技術部分の評価額を算出し、そのなかから、技術や知的財産権に帰属される価値の部分を抽出させることは非常に難しい。しかしこの座標を利用すれば、簡単に説明ができる。

この座標のX軸で表される市場商品化率(p) は、基本的にライセンサーの収益配分に比例する動きを持つ。つまり市場性の高い特許の場合は、相対的にライセンサーの配分も高くなることを表す。Y軸で表される特許投資バリュー(w) は、ライセンシー側、もしくは投資家が、当該特許にどれだけの価値(バリュー)を認めるかということを表す。大きな価値を与えるということは、高くても買う、利回りが少なくても確実にリターンがえられるという思惑の元になされる判断であり、ライセンシーおよび投資家にとっては、割り当てられるバリューの上昇は利回りの低下につながる。また、特許そのものの創造的な価値、可能性や社会貢献性、地域還元性などの要素も、この指標で反映できる。

特許技術が完成していない状況では、技術よりも、資本、組織、労働が相対的に貢献度は多くなる。これも投資バリュー(w)の減少、もしくは依存性という意味で市場商品化率(p) の低下となる。特許そのものに排他性が強く、開発技術が備わっている場合は、技術の貢献度は非常に高いものになる。そうすると市場商品化率(p)は上昇する。このように2つの指標は相対的に関連しあっている。また、ライセンスの単位を売上の何パーセントにするのかという場合、売上のパイの大きさにより、技術(特許)の貢献度にかかわらずパーセンテージが変わる。 車の特許だと、貢献度が高くても、マーケットが大きいので、売上の1%とかになる。同じ特許が玩具に使われる場合、売上の2 5%という契約も可能だ。このように、膨大な資本を必要とする場合や、マーケットの規模が相対的に大きい場合は、必然的に投資バリュー(w)は上昇する。最終的に、市場商品化率および投資バリューのそれぞれの数値は、最終還元利回りに基づき、相対的に決められる。このように、市場価値を分析しながら、リスクやその構成要素を確認することは非常に意義のあることである。これらの作業は、今まで意思決定の調整過程でどこかに隠れていた要因を顕在化させ、それぞれの相関関係や依存する要素を明確化することができるからである。

これら3つのインタフェースで特許技術が生み出す将来の収益を算定する場合、契約の内容にもとづいた分析と、双方の深い関与がなければ、正確な収益予測は成り立たないという前提で成り立っている。ライセンサーとライセンシーが十分なコミュニケーションをとって、その他の要因(期待、能力、タイミングなど)においても信憑性のあるデータをできるだけ多く調べ、お互いが満足するような結果が出せるよう、システム上で実現させることが必要となる。

定量化のプロセス


III. 知的財産証券化の実務


1. キャッシュフローの分配が証券化の基本

時代(非常に短い期間)によって知的財産の解釈そのものが変わってしまう今日の状況では、ライセンスの需給構造も普遍でなく、絶えず進化している。さまざまな推定をもとに、あるモデルを作成しても、新しい判例や解釈が登場すると、またまたパターンを変更しなければならない。知的財産を数理統計的に把握するということは、くちゃくちゃになった糸を解きほぐすように厄介な作業である。しかし、マーケットの需給関係の均衡を実現している数々の金融手法は、知的財産においても有意義なモデルを示してくれる。そこで用いられるのは、知的財産の技術もしくは、そのプロジェクトが将来生み出すキャシュフローを、過去のデータをもとに数理統計的にはじき出す収益還元法(DCF?ディスカウントキャッシュフロー)である。

証券化においては、対象となるアセットから生み出されると予想されるキャッシュフローを、どのように投資家に分配するかということが基本となる。DCF法は直接還元法などにくらべ、かなり精度の高い価格評価ができるが、その信頼性維持にはモデル適用における十分な検査が必要である。それには、収益各項目の数値設定およびそれらの分析期間中の変動予測、最終還元利回り、割引率を如何に根拠のある方法で求めることができるかが鍵となる。その予想に従って設計された証券化商品は、その内包するリスクの度合いで、より安全な部分のみの証券化から、リスキーな部分まで、市場のニーズによってそれぞれプライスが決まってくる。(例えば、AAAならばLIBOR+15?30bp程度・AAならばLIBOR+50?60bp程度・BBBならばLIBOR+80?100bp程度といったような具合に)。但しそのプライスは、証券化されるアセットによってかなり違いがあり、最終的にその事業もしくは知的財産のキャッシュ化の難易度によって同じ格付けでも相当開きがある 。

これまで知的財産の価格算定は、税務対策で行われてきた実態があり、また、株主に対しての説明責任、研究開発投資の効率性、企業の買収等の税務、あるいは企業の会計目的、社内評価などで行われていた。そのため、財務諸表からみた知的財産の価値評価というアプローチが主流になっている。主なものとして、知的財産の価値を、株式時価総額から、自己資本を引いたものという考え方だ。また、知的財産の価値の変化を、株価の変動に求める方法も出てきている。いずれも、適用が簡単なので利用する側としては使いやすいが、説得できる論拠は無く、知的財産の本来の意味を失いかねない危険性を含んでいる。

2. リスクとはなにか

将来の収益予想を算出するには、過去の傾向を統計的にはじき出したリスクによって割り引く必要がある。投資分析で使われるリスクとは、一定の確率分布で示されるものであり、将来の収益を予想するためのデータが存在して初めて「リスク」である。特許の技術移転を行う上の、価格決定のさまざまな内的、外的要因にみられるような、乖離が極端なもの、傾向が正規分布の形をとっていないものは投資分析における「リスク」とは言わない。つまり、知的財産の収益予測を考える場合には、参考要素の線引きとウエイトが重要となる。リスクウエイトを設定する際も、リスク要因を時系列的、階層的に判断、取捨選択し、その合成指標を利回りとして算出する必要がある(表2)。


グラフに表されるリスク

市場価値低減曲線におけるリスク   こういった観点をもとに、証券化における利回り算定には、さまざまなリスクの形を定義づけしなければならない。これらを、先ほど紹介した3つのグラフを例に説明しよう。ここでは、非常に大まかな説明でリスクを説明するが、それぞれが、時間的価値とリスクプレミアムを内包しており、自動的にプロジェクトの現在価値およびロイヤリティに盛り込まれる。
事業価値逓減曲線を「リスク」という面で説明すると(グラフを逆にすると)、知的財産権のマーケットリスクの変化を時間軸に表現したものである(図6)。
ちなみに指数曲線の部分は、いわゆる純粋リスクといわれるのもで、景気や、企業の信用力に左右されないものを表す。事業や商品のタイプにより別々の傾きを持ち、その傾きはその特許により実現される新商品やプロジェクトに関する技術の役割度合い、一般的なイメージ、人間の持っている普遍的な性向性、陳腐化のスピードを表している。投資においては、少々待ってマーケットの動きを見極め、情報を手にすることで不確実性を減らすということができる。しかし、それらは将来において同様のマーケットが存在するという不確定な前提の上で成り立つことである。知的財産の価値においては、このグラフに表現される静的、絶対的なリスクが存在し、それらは不可逆的性質を持つ。したがって、この曲線が右上がりになることはない。知的資産を投資対象とする上で、この不可逆性は注意を要するところである。

収益構造モデルにおけるリスク 収益構造モデルでは、さまざまな投機的リスクを表現する(図7)。経済環境の変化や、事業、製品開発、販売を進める上でおこるさまざまな予想できる、または予想できない事象であって、直接、利益、損失として影響するリスクである。景気、市場の変化、突発的なブーム、事業リスク、財務リスクなどが当てはまり、業種による傾向の違いのない動的リスクを表現する。事業や関連する技術の分野別にさまざまな曲線が考えられ、統計学的な手順をへて、収益構造曲線および費用構造曲線に収斂される。動的なリスクが反映されるので、曲線はその要因により上昇および下降する。これら動的リスクの中のいくつかは、デリバティブによるヘッジ、保険など利用することにより変動幅を縮小できる。
 投資バリューマトリクスを、リスクという観点から見た場合(図8)X軸の市場商品化率は、特許および特許に関連するプロジェクトの安定性を表現している。ライセンサーV Sライセンシー、特許保持者V S 開発企業、証券化における事業体V S投資家という関係において、商品化率の%は前者の最終的な配分比率、投資バリューは後者の重み付けを表している。重み付けには、あら投資バリューとリスクプレミアムの関連性ゆる定性的判断における不確定要素によるリスクを勘案して決められる。投資バリューの上昇は、投資対象が確実なものであるとの判断が反映されるので、リスク負担も減少する(図9)。

商品化率において、すべてのリスクを勘案した、最終的なリスクプレミアムにもとづいた適性価格が表現される。知的所有権のポジショニングが高ければ高いほど、ライセンスの可能性も高くなり、投資案件としてのプレミアムは高くなる。また、投資バリューもそれに伴い相対的に上昇傾向を示す。市場商品化率や投資バリューについては、業界別の大体の傾向のようなものは取れるので、これらを指数化することも可能であろう。なお、いずれの理論も、現状では仮定に過ぎず、多くのデータ検証により一つ一つ実証を進めなければならない。

3. デューデリジェンス

知的財産権のデューデリジェンスとは、いったいどういったものであろうか。デューデリジェンスという言葉は、もともと証券発行時の情報が、証券法の開示基準に適合しているか否かを、弁護士が確認する法律業務であったといわれている。例えば SPC法にしたがって証券化した場合、商法に準拠した独立監査人による監査を意味し、投資対象である器(SPC等)に関する、適格性を検証するものだ。これらは投資家保護のために行われる。特許においては、当然、特許明細書に現されている内容の評価もデューデリジェンスする必要がある。ただし、証券化された知的財産権が法的に正当なものであれば、明細書の評価にこだわることはそれほど重要なことではない。それらは副次的なものに過ぎない。それよりも、将来の確定した収益を約束するための要素を拾い上げ、それらが確実なもので、なおかつ投資証券として、市場性を持たせるに足る要素がちゃんと網羅されているかどうかを精査することが、知的財産の証券化におけるデューデリジェンスの重要な役割となる。

4. 利回りの算定方法

通常の資産担保型証券の利回りは、期待収益をもとに、数々のリスクが勘案され、IRR(内部収益率)法により算出される。例えば、税金・管理費用・減価償却費・保険・価値を保持するために必要な修繕・証券化コスト等のすべての必要コストを引いた後のネットの収益に対し、信託資産の転用可能性を加味した保守的な投資利回りを設定し、それを割戻すことにより、物件の投資価値(PV)が算定される。PVは信用リスクや信用補完コストなどのリスクが割引され、証券化対象資産からのキャッシュフロー予想を、合理的且つ保守的に見積もられる。こうして、自然に目標とする信用リスクレベル(投資元本の回収リスク)に応じた必要な金額(Buffer)が算出される。利回りの算定においては、過去データの信用度・対象アセットの分散度が最も注目されるので、そこから出て来る予想デフォルト率やパターンに対しある一定のストレス係数を掛けて、それを信用補完に必要な金額として算出する方法が現実的に考えられる。

これまで説明したように、過去の分析データが十分でない知的財産においては、特性(権利範囲、残存期間)および事業内容(契約、デフォルトリスク、地域性等)を数理統計的に求めることは難しいので、当面は、プロジェクト単位に参加する企業の信用リスクデータや財務諸表、業態別のリスク傾向を参考にしなければならない。またこうして算出された価格に対し、リスクの振分けにより、例えばその40%以下のLTV(loan to value;掛け目)であればAAA、50%以下であればAAといった具合に格付けに応じた証券を発行することができる。

IV. まとめ

1. インデックスの必要性

知的財産からくる予想収益を考える場合に、不動産の証券化における空室率や、地震リスク係数などのような予想されるリスク指標を用意することは野心的である。しかし現実として、企業の財務情報の中から、知的財産権がもたらす収益を割り出すことは、困難であり、信頼できる値までデータをそろえることはかなりの努力が必要だろう。ただし、知的財産権のいくつかの収益パターン、およびリスクの傾向を把握しようとする試みは重要であると考える。なぜならば、将来の収益を形づくるリスク因子を明確にすることは、プロジェクトの進行におけるさまざまな決定手段となる要因を浮き彫りにし、企業の事業戦略立案などに役立つ。ただし、必要なインデックスを揃えるには、プロジェクトに対して適切な理解と知的財産戦略を提案できるプロフェッショナルが必要となる。そのデューデリジェンスが信憑性の高いものであれば、知的財産証券も非常に魅力的な商品になる。

知的資産の計量化のデータ収集においては、単純な平均値だけでなく、標準偏差や傾向を表す指標を併用することで、そのパターンに信憑性を持たせることができる。収集された情報のバイアスがわかった場合は、そのバイアスを前提として、数理統計的な手法により修正できるだろう。また、こういった試みの反復作用により、定性的判断の限界を知り、それを克服するためのさまざまな組織、法律、制度の更なる整備など、特許の流動化を促進するための新たな環境整備を、特許庁や政府にお願いすることができれば非常に有意義である。ただし、当初は現状の経済およびリスク指標を有効に利用して、知的財産権そのものの評価におぼれず、事業としての将来性についての分析に的を絞るほうが、より現実的であると考えている。

2. 知的財産権の証券化の役割

・資金調達による技術移転の流動化
・ライセンスの契約をスムースにできる
・新たなネットワークの創出
・企業理念の創造
・地域活性の切り札

知的財産の証券化にはさまざま効果が期待できる。資金調達という面で言えば、企業の格付けが低くても、資産の信用力が高ければ資本市場で低利の調達ができるので、高い技術(特許)を持つベンチャー企業に対して資金調達が可能となる。また、証券化されることにより、監査の重要性が高まり、ライセンシーの収益状況はすべてディスクローズされることによる透明性の向上もあげられる。また、力関係が影響されるライセンス契約において、証券化の仕組みにおけるアセットマネージャーの仲介は、公平な取引の実現に有効だ。企業においては、金融商品となった特許技術に対して、将来の収益を明確にできる。これにより次期開発のタイミングをいつにするか、次なるファイナンスの時期はいつか、あらたなリスク因子はどこにあるのかなどを整理することができ、統計的な手続きが取れるようになる。さらに、新たなネットワークの創出という面で言えば、研究者と企業、投資家をつなげる役割という大きな可能性を、知的資産の証券化は含んでいる。いままで、開発企業と投資家の関係は、単なる金銭面のものでしかなかったが、技術移転と金融の融合により、さまざまな人的交流が促され、有機的につながっていく。地域の地場産業の発展にも、知的財産の証券化は非常にいい影響を与えるだろう。たとえば、地方自治体などが保証を与えることが可能になれば、証券の信用はあがり、流動性も高まる。現状、多額の政府補助金が技術系企業に投資され、その効果について不透明な状態を、証券化の透明性は解決してくれるだろう。これは公的資金の有効利用にもつながる。

(問い合わせ)

インテレクチュアルアセットマネジメント株式会社
中井正和
http://www.intellectual.co.jp